週四回、祖母はデイケアに通っています。
日によって、工作、習字、コーラスなど色々あるそうで、
その日に作ったり書いたりしたものを持って帰ってくることも、しばしば。
その作品たちを見るのが最近楽しみです。
今日は、菓子皿を二つ作ったそうで、
「ダンボールで型を作って、好きな和紙を選んで貼ったんよ。」
と言いながら、見せてくれました。
「うわーー!!素敵!」
と、私。
「でも同じ柄を二つにすればよかった。」
と、祖母。
「うん、でも色々な柄があった方が選べて楽しいわよ。」
と、私。
「そうかなあ。」
と、祖母。
これは写真に収めておこう!と思い、カメラを取り出して撮っていると、再び、
「同じ柄を二つにすればよかった。」
と、祖母。
「うん、でも色々あったほうが楽しいよ、おばあちゃん。」
と、私。
しばらく何枚か撮っていると、
「でも同じ柄を二つにすればよかった。」
と、またまた祖母。
「じゃあ、今度また作る機会があったら、こっち(左)を二つ作って!」
と、私。
「そうじゃな!」
と、祖母。
納得したようでした。
よかったよかった。
同じ言葉を繰り返すということは、
同じ想いを繰り返すということでもあるのかもしれない。
嬉しいことを本当に嬉しそうに何度も繰り返す祖母を見ていると、
幸せな気持ちになる。
何度でも言って!おばあちゃん!
と、思う。
でも、そうではないとき。
心にひっかかってしまったこと、
何度誤解の糸をほどいたとしても再び絡まってしまうのを見ているのは、少し、辛い。
今、母が、「めぐみが、菓子皿の写真をブログに載せているみたいですよ。」
と祖母に話しかけたら、
「そうか。でもこれはなあ、同じ柄に・・・。」
うふふ。
ちょっと祖母とお話してきまーす。